このブログは北東北のへっちょ、鹿角の花輪にある昭和10年創業「平和軒」の三代目店主のつぶやきを綴ったものです。ぜひお付き合いいただければ幸いです!

紫陽花

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今朝は早くから近くの畑にいき、花輪ハヤシ用のトマトに肥料をまきにいってきました。トマトは水を嫌うらしく、今年の梅雨は雨が少なく明けるのもはやかったためトマトにとっては良いとの事。
畑の帰りに家の庭を覗いて見たらあじさいが綺麗に咲いていました。
紫陽花といえば梅雨をイメージする花ですが、今年は梅雨明けがはやく、すっかり夏になってしまい紫陽花も驚いているようでした。日焼けして黒くならないようお祈りしています…

宴会

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今日のビッグニュースといえば、なんといっても なでしこジャパンの世界一ですね。僕の次男坊もサッカー少年なのでとても喜んでいました。ともあれおめでとうございました。
ニュースといえば、平和軒では最近は宴会に力を入れています。
花輪の商店街も中核病院の移転などで人の流れが一変し、更なる震災の影響などで非常に厳しい経済環境になっています。
うちもご多分にもれず昼の営業だけではどうにもならず、夜の営業にも力を入れる様になりました。
宴会は予約制となっていますが、その分一人一人を大切にできますし、新鮮な食材を提供できるなどメリットもたくさんあります。
うちの宴会の特長として、お料理の最後に小鉢の麺と女性や特別な方にはデザートをサービスさせていただいています。
本日の宴会の女性のお客様にはダブルおぐら抹茶パフェをサービスさせていただきました。
毎度ありがとうございました。

花輪ハヤシ

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花輪ハヤシは八年ほど前、僕が地元かづの商工会の青年部長時代にはじめた地元特産物創製事業で生まれた商品です。その事業では青年部という若い世代の発想のもとにいろいろな商品が商品化されました。中には試作段階で没になったのも多数ありましたし、他の業者にパクられたりもしたりと権利の事や、製造の事やら販路の事やらいろいろと勉強させられました。
数年後、その事業も終わり、商品が開発者の権利となり、花輪ハヤシは平和軒の新たな名物として今に至っています。
その事業で開発した商品のほとんどが消滅したなか、花輪ハヤシは僕の意地に賭けても残していこうと思っています。

平和軒の歴史3

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平和軒のラーメンは創業当時と変わらぬ製法で作られる多加水麺(支那そば)で小麦粉と塩、かん水だけで作っており、防腐剤や着色料やその他の薬を一切使用していません。
従って、麺の状態は毎日微妙に違います。麺が生きている証拠です。また、体に安全な麺と言えます。
また、当店の逸品である雲呑(ワンタン)も平和軒の名物として創業当時より受け継がれております。
どうぞ一度お試しください。

地デジ化お済みですか!

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地デジ化していないテレビはアナログ終了までのカウントダウンがとうとう一桁になってしまいました。うちはお店の一部が地デジ対応しているだけで自宅と店の残りと五台ぶんが未対応でした。そこでそろそろだと思い近くの電気量販店に行ったところ、在庫ゼロ、次回入荷は7月末。…ヤバいと思い、大館の量販店に電話するも在庫ゼロ。…そうだ岩手県は震災の影響で地デジ化は延期だと聞いていたので盛岡の量販店に電話したところ、なんと最後の五台をようやく手に入れることができました。
…ということで我が家の地デジ化はバタバタと終了しました。
めでたしめでたし。

鍋に氷!

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暑い日がつづきますね。今日は新メニューを紹介します。名付けて冷鍋。鰹系だし汁を味を整えてキンキンに冷やしておきます。塩胡椒した鶏のモモ肉を魚焼機などで焼き、冷めたら一口大の大きさに切ります。
鍋を用意し、だし汁をいれ、鶏肉、心太、レタス、絹ごし豆腐、キュウリ、トマトなどの季節の野菜を入れ、最後にごまとゴマ油をかけたらできあがり。
鍋に氷を入れても良いのですが、全体が薄くなるので取り分けてた器に氷をいれたほうが良いと思います。
また、そうめんのつけダレにも合いますし、ご飯にかけて冷やし茶漬けなんてのもいいかも。あと、だしはスーパーにいけば白だしが売っていますので利用すると便利です。
一度お試しください。

今晩のおかず。

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今日、近所の知り合いから十和田マスを頂きました。十和田湖で40本くらい釣ってきたそうです。
…ということで、今晩のおかずとなりました。シンプルな塩焼きとから揚げにして食しました。一般的な川魚と違いクセもなく美味しくいだだきました。

平和軒の歴史2

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北海道に渡り修業し、花輪の大町に開業してから数年後に現在の新町に店を移しました。開店当時はラーメン専門店でしたが、当時のお客様の要望に応え、蕎麦やうどん、ご飯ものなどを扱うようになり現在の食堂の形になりました。

つづく…

ブラウブリッツ

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今日は秋田市八橋陸上競技場で行われたサッカーのブラウブリッツあきたの試合会場外での出店をしてきました。
暑すぎてあまり商売にはなりませんでしたが、いろいろと勉強になりましたし、鹿角のPRにはなったとおもいます。
サッカーの試合は残念ながら秋田は長崎のチームに2ー0で負けてしまいましたが、サッカー少年の僕の息子は、プロサッカーの試合を生で見てとても満足していました。

平和軒の歴史

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昭和10年、岩手県の姉帯出身の僕の祖父母、和吉とキワが花輪の大町に開業したのが始まりです。
当時の時代を反映させて平和な世の中になるようにと、平和軒と名付けたそうです。
その後初代の和吉は戦争で帰らぬ人になりましたが、今は亡きキワが味を継ぎ、そして二代目利男、妻洋子に継がれ現在、三代目の洋武、妻こずえにによって受け継がれているところです。

つづく…